人間はなぜ家族という単位で生き続けるのだろうか。家族という単位の重要さというのは育ちあうことだというふうに思うのです。異年齢の集団がお金を媒介とせずに純粋に育ち合える関係、これが家族だと思います。一九九四年は、国連が提唱する「国際家族年」です。「家族というものの価値をもう一度見直しましょう」というふうに言っているのです。国連という世界の共通の機関が、家族という小さい私たちの足元の単位を、みんなもう一度見直しましょうとよびかけているのです。
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なぜ国連は家族というものを見直そうと言っているのか。私たちは家族という単位の価値をもう一度しっかり見つめて、家庭こそが人間としての自分を育ち合わせる場所だということを再確認しましょうと呼びかけているのだと思います。「おれは会社のため忙しいんだ」とか「職場でこんなに重要視されているんだ」とか言って夜おそくまで家に帰らない男性諸氏にしても、定年退職後には帰るべき場所は家庭だと思います。人間の根源的な、人間発達の場であるところの家庭生活を入れている器が住居で、その住居をだいじに使いこなしていくというのが「住み方」なのだという点での、「暮らしの我が家らしさ」というのをぜひつくってほしい。そういう仕事をしていくのが家事労働で、家事労働はお母さんだけがしたらいいという問題でなくて、人間の発達保障としてすべての人(家族のみんな)がするべき仕事が家事労働だというふうに私は思っています。